背筋がひやっ その1

以前から懇意にしている不動産業者の寺山(仮名)さんから久しぶりの電話。

 寺山さんは、この業界30年のベテラン。どちらかというと親分肌の人でその
こととなんの関係もありませんが、とにかく大雑把な性格の人です。

 扱う仕事も私のように個人の方を対象とはせず、法人相手のビルや商業地
など高額なものばかり。
 扱う物件が大きいと細かいことなんか気にしておれん、なんてうそぶきます
が、そういうのを言い訳といいます(笑)

「米ちゃん、元気か~。なんかひとりで儲けているそうだなぁ~。いかんよ、
一人だけってのは」
いつものセリフで始まった寺山さんからの電話。

 「なに訳のわからんこと言っとんすか。こっちが言いたいセリフですよ

 不動産業界は他の業界と違って、同業者はライバルであると同時に
お得意様でもあります。寺山さんはわたしにとって大事なお得意様。

 「ところでさぁ、中古住宅を売ってくれって頼まれたんだ。米ちゃん、
お客さんいないかな~」

ご存じの方も多いと思いますが、売却の依頼を受けた不動産会社
は自社で買主を見つければ、仲介手数料は売主・買主の双方から
受け取ることができます。

しかし、買主を自社で見つけることができなければ情報を公開して
他の不動産会社に買主を探してもらうことになります。

この場合、受け取る仲介手数料は売主からだけとなり、買主からの
仲介手数料は、買主を見つけた不動産会社が受け取ることになりま
す。

そのため、売却依頼を受けた会社はできる限り、自社で買主を見つ
けようとするわけですが、残念と言うべきかうれしい限りと言うべきか
寺山さんは別。

個人住宅の売買は昔から苦手なため、売却の依頼を受けても自分で
売ろうとはせず、いつもわたしに話しを持ってきてくれます。

 「土地は40坪。築30年位の建物が建っていてね。少し古いけれど
駅も割に近くて便利なところだよ」

 場所をお聞きすると、たしかにこの近辺では売りに出る物件が
少ない地域です。

 ここなら、探している方が当社のお客様のなかにも何人かいます。

 「とにかく、俺は売る自信がないから、米ちゃん、あんたに頼むよ。
 あっ、そうそう物件の調査をまだなにもしてないから・・・」

 寺山さん、販売を私に任すかわりに、調べ事も全部やらせるつもりです。

とりあえず手元にある資料を送ってもらい、それから現地調査です。

  「それから、鍵はうちにあるから取りにおいで。あんたに預けておくよ」

翌日、さっそく現地調査です。
その家は築30年というわりには外観はまだまだ十分に住めそうですが
ずっと空き家だった、というのが気になります。

引き戸の玄関を開け、室内に入ると雨戸が閉め切っているため、室内
は真っ暗。電気は通じていません。

雨戸とカーテンを全開にし、新鮮な空気に入れ替えほっと一息すれど
家財道具と生活用品が山のように散乱しています。

ふと目に入った食卓テーブルには食べ終えた茶碗やお皿が、そっくり
そのまま残っています。
まるでついさっきまで人が住んでいたかのように・・・

 ひとしきり現地調査を終えたあと、寺山さんに報告です。

 「誰も住んでいないのに、茶碗からお皿までそのまま残してあるのです。
まるで逃げて行ったみたいで・・・おかしいですよ」

 「そうか・・・いや~俺もまだ詳しい事情は聞いていないんだ」

そんなあほなぁ。でも、この先輩に文句を言ったところで
ぬかに釘・・・馬の耳に念仏・・・のれんに腕おし・・・
そんなところです。

とりあえず、売却理由と過去の事情だけは売主に聞いてもらうように
お願いしました。(続く)

 

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