数日後、寺山さんから連絡がはいりました。
「このあいだの件だけど・・・そう、売却理由のことさ。あの家、もともとは夫婦で住んでいたそうだ。でも数年前に離婚してからは、ご主人さんひとりだけになり、その後ご主人も今から半年ほど前に亡くなったため、売却することにしたそうだ」
「じゃあ、今回の売主はだれになるのですか?」
「亡くなったご主人の子供だよ。ただ未成年だから法定代理人が窓口だけどね」
「法定代理人ってだれ?」
「別れた奥さんさ」
「寺山さんは、その奥さんに会ったことあります?」
「近々会ってくるよ。売却のことは電話で確認取っているから心配するな」
「亡くなられた理由は聞いていただけましたか?」
「病気だとは言っていたよ。ただ・・・」
「ただ・・・どうしたのですか? 気になるじゃないですか」
「その話題にはあまり触れたくない・・・そんな感じがするんだ、あの奥さん」
「あの茶碗や家具の状態のことも聞いてくれました?」
「忙しくてなかなか片づけられないそうだ」
「いや、そういうことではなくてね、なぜ、食べかけのままだったのか?、
ということですよ」
「わかっとるよ。わかっとるけれど忙しくて片づける暇がない・・・としか
言わないんだ」
すっきりしない回答ですが、本人がなにもないと言う以上、信ずるより他に
ありません。
気を新たに、さぁー売却活動の開始です。
数日後、新聞広告を近隣に配布しましたところ、さっそく問い合わせが。
物件の現地を外から見られ、立地や環境も気に入っているからぜひ室内を
見学したいとのことです。
当日、約束の時間より15分ほど前に着いたのですが、すでにお客様が外で
待っておられました。(恐縮です)
ご主人さん、奥さん、子供さん二人の計4名で来られました。
お話しでは、この家のすぐ近くに住んでおられる方で、以前からこの近辺で
探しておられたそうです。
ご主人さんはもちろん、奥さんもパートで仕事をしているため、なかなか時間
が合わないらしいのですが、たまたまきょうは二人とも休みが取れたとのこと。
玄関を入り雨戸も窓もカーテンもフルオープンしましたが、この日は、あいにく
の曇り空ということもあってか、部屋の中は薄暗い感じ。
すると突然ご主人が
「なに、これ? 売主さん、まだここに住んでいるの?」
食卓テーブルに置かれたままの茶碗を指さして言いました。
「いえ、だれも住んでいません」
「それにしては、まるっきりそのままじゃない? なにか、事情でも
あったの?」
「売主さんからお聞きしましたが、特別な事情はないとのことです」
「そうか。ならいいんだけど」
1階を一通り見学したあと、2階に上がる途中で再びご主人さん。
「どうも暗いんだよな。気のせいかもしれんけれど」
「すみません。なにせ電気が通じていないもので」
「そう意味じゃないよ。雰囲気だよ雰囲気」
「えっ、雰囲気? わたし、なにか気に障るようなこと言いましたか?」
「そうじやないったら。この家の中のことだよ。なにか重苦しい感じがするなぁ」
「そうですか? でも、そう言われると、なんとなくそんな感じも・・・」
「だろう。感じるんだよ。暗い感じが・・・」
そのやりとりを聞いていた奥さん。
「なに言ってんのよ、ふたりとも! いったいなにがあるって言うの?
重いだの、暗いだの、電気がついていないんだから当たり前じゃない!」